前にも、書いたことがあるのですが、
「自信」というものは、ぼくも持っておりません。
いつになったら、「自信」がつくのかとか、
「自信」のない時代は、どうしていたのかとか、
いろいろ質問されたこともあるのですが、
どうも‥‥その、「自信」ということについて、
あんまり考えていないみたいなんです。
「ある」とか「ない」とかじゃなくて、考えてない。
ないと言えば、いつもないし、
あると言えば‥‥やっぱり、ないか。
ただ、なにかについて「最終的にはできる」ことと、
「どうやってもできないから、やめておくこと」と、
大きく二分類しているような気がします。
これは「自信」とはあんまり関係ないわけで、
「自信」はなくても「最終的にはできる」と思うことは、
いくらでもあるわけです。
んで、なかなかできないときとか、
うまくものにならないまま時間が過ぎているときとかに、
「最終的にはできる」と思っている人と、
「できないかもしれない」と思っている人とでは、
結果がちがうんです、おそらくね。
「最終的にはできる」とは、どういう気持ちなのか?
「いまはまだできてない」けれど、
「できてよかったな」と喜びあっている状況が、
なんとはなしに感じられているってことなんです。
‥‥説明になってないか。
つまらなく言えば「あきらめてない」なんだけど、
もっと「うれしい」感じが、視線の先にあるんだよ。
だから、どんなにアイディアが出ないというときでも、
あんまり苦しくないんです。
「最終的にできる」瞬間に、出合えるのが楽しみですし。
いま、あるイベントの企画と、ある事業の計画の、
内容のおもしろさや、成功へのたのしさについて、
じわぁっと考えているところです。
できるのはわかっているんですが、
じぶんたちも楽しみたいし、関わる人たちを
にっこにこにしたいんですよねぇ‥‥どうしてやろう!
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「ほぼ日」のみんなが顔を合わせるのは、この日からです。
・じぶんが、特別に楽観的な人間だとは言えません。
また、格別に明るい性格だとも思えないんです。
ただ、ときどき、人からは、
「楽観的」だとか「明るい」だとか言われます。
それは、かならずしもほめられているわけではなく、
けっこう迷惑がられていたり、
ややアホだと思われているような場合もあります。
説明する必要もないかもしれませんが、
ぼくはぼくなりに、十分すぎるほど
「悲観的」で「暗い」ことを考えます。
ただ、そういうときには、
わりと袋小路に入ってしまって、
どうにもならなくなってしまうことが多いので、
「うわぁ、どうしましょ」と、
なんとか考え直すようにしているのです。
1)ぼくが「悲観論」になっているときには、
だいたいは、難しくて解きにくい問題から、
あるいは難しい問題も含めた大量の問題を、
なんとか解けないものかと悩んで、
立ち往生し袋小路で身をすくめています。
2)本気で、現実の問題を解決しようとしているときには、
まず、解きやすい問題を探し、
なんとかしてその問題を解いて、
足がかりをつくって、
さらに次に解ける問題を見つけて、解いて行く。
同じじぶんですけれど、1)では悲観的で、暗いです。
そして、2)の段階にいるときに、楽観的で明るいです。
悲観的になったまま、問題を次々に解いていくのは、
なかなか難しすぎるし、うまくいかないですから。
「ちょっとできたぞ」「ちょっとできたぞ」のくり返し。
この感じは、気仙沼に通うようになって、
さらにはっきりしてきました。
ぼくが気仙沼で会う人たちは、みんな、
どれだけ悲観してもおかしくない状況のなかから、
「解きやすい問題」を探し、解いていくことを、
できるかぎりの笑顔で、続けているのですから。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
解ける問題を、ひとつずつ解いていくのはおもしろいです。
その会社は、お茶汲みで倒産しかけたのだという。
なんでも、その会社は原因不明の業績悪化にあえいでいたんだそうだ。
いろんなところをチェックしてみても、どうしても悪影響を及ぼすような原因が見付からない。
どうしたものかと途方に暮れていたらしい。
そんなとき、その業績悪化が始まる直前に寿退社したOLがいることに気付いた。
そのOLはお茶汲みくらいしかしてなくて、抜けたくらいで経営に打撃が与えられるとも思えない。
しかし他に原因らしい原因も見当たらないし……ということで、
経営陣はこのOLさんのところを訪れて、とにかく話を聞いてみることにした。
元OLさんは「たいしたことはしておりませんでしたが……」
と遠慮がちに自分のやっていた仕事を語りはじめた。
まず茶葉を仕入れて来ると、それを一度全部あけて、葉と茎に分別する。
誰よりも早く会社に着き、全員の机をきれいに拭く。
そして出社して来る社員たちの顔見ながら、一人一人にお茶を淹れる。
このとき、少し元気が無さそうな人を見付けたら、
前もって分別しておいた茎をお茶にちょこんと立ててやるのだそうだ。そう、茶柱を立てておくのである。
「私のやっていたことはそれだけです」
以前僕は起業文化には絶対的な善し悪しがあると思っていた。シリコンバレーで育ったせいで、 ここの個人主義でオープンな企業文化こそがベストだと思っていた。だが今ではそんな事は無いと思っている。 いろいろな人すうちに、人によって会社に求めるものは大きく異なることが分かったからだ。
そもそも企業文化とは何のためにあるのか。企業文化っていうのは仕事の効率を上げ、維持するためのものだ。 仕事の効率とは人の効率で、人の効率とは人のモチベーションだ。企業文化はその会社の社員のためにこそある 。
【2ch】ニュー速クオリティ:掃除に関する名言 (via mcsgsym, moewe)
2007-08-12 (via gkojay) (via motomocomo) (via katarinax) (via erewwa) (via sytoh) (via dannnao)
若いのにだらしない体つきの女がすき。
(via mediapicnic)